私は、私のことを知って、ちゃんと褒めてもらいたかったんだと気づいた話


こんにちは。Pop Sick Life
セルフマニュアルサポーターaya.です。

↑この記事で書いたように、
私は、人のことを肯定して、
褒めたい
んですが、これにはさらに続きがあって。


肯定して、褒めたい」という思いが
湧き上がってきた時、

同時に「肯定して、褒めて欲しい」っていう思いも
存在していることに気が付いたんです。


でも私、その割には褒められ慣れていないというか、
ベタ褒めされると「スンッ」って冷めるんですよね。


かといって否定されると抵抗したくなる……。


我ながら、なんともめんどくさいよなーと
思っていたのですが、今回その謎が
解けた(多分)気がします。

鍵は両親との関係性にあった!?


それは、ズバリ私と両親との関係性にあります。


ネガティブ思考、心配性、否定的な母に対し、
ポジティブ思考、楽天家、肯定的な父と、
私の両親は見事なまでに真逆な性格でした。


お互いの違いを受け入れあって、補い合えたら
最高のカップルだったかもしれませんが、

残念ながら私の両親は
どちらも「歩み寄る」ということが
できないタイプ。


私が高2の時に両親は離婚しましたが、
よくそこまでもったなというのが正直な感想(笑)


ただ、何もかもまるで違う、この両親に
一つ共通していることがありました。


それは「人の話を聞かないこと」。


そして、これが私の「肯定して褒めて欲しい」の
直接的な原因だと思います。

真逆だけれど、どちらも話の聞けない両親


母は、とにかく
自分の信じる「正しい」から外れていたら、

それは全て「間違い」という人なので、
母と意見が同じでなければ話は聞いてもらえない。


意見を聞くというより、

「あんたは、何もできないんだから、
私のいうことを聞いておけばいいの」という感じで

一方的に決定事項を告げられる感じ。


一方の父は、一見話は聞いてくれるし、
こちらの言うことを肯定してくれるのですが、

父自身の「自分はこうしたい」という思いを
曲げる気は全くない。


なので、父の「こうしたい」と
自分の意見が食い違っていた場合、

父の言っている事とやっていることに
矛盾が生じることになり、

(肯定してくれたのに、やってくれないため)
非常に困惑させられます。


父と母、やり方は正反対なんですけど、結果は同じで
結局どちらにも「話を聞いてもらえない」んです。

全肯定の父と、全否定の母


一つ面白いエピソードがあって、
それは夏休みの宿題の読書感想文を
父と母に見てもらった時のこと。


夏休みの宿題が終わらなくて、
やっつけで書いたその読書感想文の出来は、
我ながらひどいものでした。


当然母は、けちょんけちょんに批判しました。

「なんなのこれ!こんなの、読書感想文じゃなくて
あらすじじゃない!」

……確かに、そうなんだけど……
そうなんだけど、そこまで言わんでいいやん(涙)


かたや父は、ベタ褒め。

「すごくよく書けてるじゃないか!面白いよ!」

……いやいや、それはないやろ。
少なくとも、絶対面白くない。
それは自分でもわかる。


と、いった具合で、手放し全否定手放し全肯定
くらいました(笑)


そしてその時、私が抱いた気持ちは、
寂しい」でした。

私をちゃんと見て欲しい


結局、2人とも私をちゃんと理解しようと
してくれていない気がした
んですよね。


もちろん、親子といっても別の人間ですから、
親が子供のことを全て理解するのは無理だと
思います。


特に、私はかなり変わった子でしたから……(汗)


でも私が欲しかったのは

理解しようとしてくれる姿勢

だったんだと思います。


きっとあの頃の寂しい私を
肯定して、褒めてあげたい」からこそ、

人にもそうしたいと
思うようになったんだと思います。


自分を満たすことが人を満たすことにつながる


母との関係性については、
かなり長いこと向き合ってきていたので、

もう自分癒しは完了していると思い込んでいたけど、
今回のことも含め、きっとまだまだ隠された傷が
あるんだろうなと思います。


一つ癒すたびにまた次の傷が浮かんできて、
そうやって自分の傷を癒やし続けることが

人の傷を癒すことにも繋がっていく
んだろうなーと、
そんな気がしています。

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