ガン患者だって、自分の好きなように生きていい


どーも、こんにちは!アトピーで乳がんだけど元気にヨガインストラクターしているaya.です!

日本に生まれ、日本で暮らしていると、「みんなと同じように」っていう見えない鎖に繋がれている人が少なくないと思います。


昔と比べると随分マシになっているんだろうけど、それでもまだまだ、みんなと同じようにっていう同調圧力は大きな力を持っているように感じます。


私自身の人生を振り返ってみると、そんな同調圧力に苦しめられながらも、当たり前のように、いつもそこにあるが故に、長い間、同調圧力というものを認識することすらできていなかったように思います。


私が、それを強く意識しだしたのは、自分がガンになってからです。

そもそも同調圧力とは?


人間の世界には、「世間」と「社会」っていう括りがあるそうです。


「世間」は、親しい間柄、仲間みたいなもので、「社会」はそれ以外。


つまり「社会」の中に「世間」が包括されているわけなんですが、日本って「世間」が「社会」と同じくらいの大きさを占めているそうです。

アパートにたくさんの人が住んでいる絵の画像


例えばアメリカなんかだと、「世間」は自分たちの家族と言ったような、ごくごく狭い範囲で、それ以外を「社会」と定義するようです。


「社会」という大きい丸の中に、「世間」という小さい丸がたくさんある=アメリカ、「社会」と「世間」がほぼ同じ大きさで重なってる=日本っていうイメージ。


それって島国で、日本人という一種類の民族が大半を占める、日本ならではという感じがします。


同じ民族しかいないということは、文化や習慣など共通する部分が多いということ。


それは結束力を強くすると同時に同調圧力を生む原因にもなります。


何となく察しがつくかもしれませんが、同調圧力が起こるのは「世間」。「社会」では同調圧力は生まれないそう。


つまり、「社会」と「世間」が重なり合うように存在している日本では、あらゆる場面で同調圧力が生まれやすいということなんです。

日本では「人と違うこと」があまり受け入れられない


先ほども書いたように、日本は島国で、他国と比べて、同一民族の占める割合が極めて高いです。


いっそのこと、言葉や文化が全く違う人同士であれば、「違う」のが当たり前で、すんなり受け入れられるんだろうけど、なまじ同じ日本人同士だから、「同じ」ことを求めて、さらにエスカレートすると、「同じ」を強要してしまう。それに苦しめられている人がたくさんいると思います。

都会の店がひしめき合った街の風景の写真


実は私も、その苦しめられたうちの1人でした(汗)


私は、とにかく小さい頃から「人と同じようにする」ってことができない子でした。


と言っても、天才肌で、何かずば抜けた才能があるわけではなく、むしろ、ずば抜けてどん臭かったんです(汗)

カメさんと呼ばれたあの頃


私は、時間の流れが人よりも、かなりゆっくりで瞬発力がない子供でした。(動きも思考も)


おかげで幼稚園時代は、先生から「カメさん」というニックネームを頂き、さらに幼稚園の劇でカメの役をさせられた時には、幼いながらに「絶対これ、わざとやろ……」と思ったものです(笑)


ありがたいことに、幼稚園の先生たちは愛情を持って接してくれていたので、カメさんというニックネームには、むしろ愛着を覚えていたくらいでした。

小さな茶色い亀の写真


でも子供ってある意味残酷なもので……。鈍臭い私は、みんなで遊んでいても1人置いていかれてしまう……(泣)それはすごく辛かった……。


いや、わからんではないんだけどね、置いていく気持ちも。マジで鈍臭かったから(笑)


どうすれば1人にならずに済むのか、私なりにいろいろ考えて、とにかく相手に嫌われないように振る舞っていた時期もありましたが(学生時代はほぼそれ)それはそれはキツかったです。


とは言え、慣れって怖いもので、あまりにも長いことそれが続くと、それが当たり前になって考えることも辞めちゃうんですよね。


私の人生こんなものだろ……と思いつつ、それなりに楽しく生きていました。

「こんなもんだろ……」な人生が一変した日


でも、34歳の時の母の自殺で、そんな人生は一変しました。


「何で、あんなに一生懸命生きていた母が亡くなって、こんな適当に生きている自分が生きているのか」
「私が死ぬべきだったんじゃないのか」
「何で私は生きているのか」


と、あの頃は、毎日毎日考えてましたねぇ。

暗い廊下に開いたドアから部屋の光が差し込んでいる夜の写真


そしてたどり着いた答えは、「すべての命に価値があって、そこに優劣はない」ってこと。そして「命がいつ終わりを迎えるかは、誰にもわからない」ってこと。答えは人それぞれ違うと思いますが、少なくとも私にとってはこれが答えでした。


そう考えたら、私の与えられた命を大事に生きなきゃなあって思うようになりました。


死は、みんなに平等に訪れるもの。


だから、「誰か」にとって、いい人生じゃなく「自分」にとって、いい人生を生きたいなと思いました。

誰かと同じ正解を選ばなくていい


私はそれまで、「普通」とか「常識」とかが、よくわからなくて、一生懸命、読めもしない空気を読んで、「これは普通なのかな」「これは常識から外れていないのかな」って、そればっかり気にしていました。


学生の頃は一人になることに、ものすごく恐怖感があって、一人にならないようにならないようにしていたので、みんなと違う自分を押し殺していたんです。


だから、息苦しくて仕方なかったし、そんなことを繰り返しているうちに、自分がどう思うのかわからなくなってしまったんです。


今だから言えることだけど、自分がないって、無茶苦茶苦しい。その時一緒にいる人によって自分を書き換えなきゃいけない。そして1人になったら、どうしていいかわからなくなっちゃうから。

黒い手袋をして持った割れた鏡にメガネの女性が写っている写真


でも、人間はロボットではないので、全く同じ個体はあり得ないわけで、同じ日本人だろうが一人一人違うはずなんですよね。


だから自分と違うからって非難するのはおかしいし、人と違うからって卑下することもない。


人と比べるんじゃなくて、自分にとっての幸せって何だろうって探すことの方が大事なんじゃないかと思います。自分にとっての幸せを見失っている人があまりに多い気がするから。

そんな風に考え出した矢先の乳がん


私の中では、母の死を経て、「これからは、自分のために生きよう」に考え方がシフトしていたので、乳がんと言われてショックではあったけど、自分がどんな風に生きていきたいか、そのためにはどんな治療を選択するかは、もちろん自分で決めようと思っていました。


その結果、「抗がん剤は使わない、手術はしたくない」という答えが出たのですが、それを口にした時の周りの反応は、ほぼ、「あなたは間違っている!」でした。

キター!!同調圧力(笑)


そして、この力がどれほど、患者を思い悩ませ、苦しませるかを初めて知りました。


同時に、母がうつ病で苦しんでいた時、私自身も、この同調圧力で母を苦しめてしまったことにも気がつきました。

満月の写真


あ、念のために言っておくと、私は、さほど苦しんでいません。仕事はすでに、ヨガインストラクターのみになっていたので、毎日顔を合わせる人はいないし、同調圧力を行使してくる人と距離を置くことは難しくありませんでした。


1番の悩みの種は弟でした。


でもセカンドオピニオン後の担当医が、不安いっぱいだった弟に、私の病状を丁寧に説明をしてくれたおかげで、ホルモン治療を受けることを条件に、私が受けたい治療を受けていいと言ってくれました。


なので、私はラッキーだったと思います。


自分が乳がんになったことで、SNSなどで同じ病気の人のことを目にする機会が増えましたが、やはり同調圧力に苦しめられている人が本当にたくさんいるなと言うのが、正直な感想です。

大事な人を追い詰めていることに気がついて欲しい


同調圧力が曲者なところは、圧力をかけている本人が、相手を追い詰めている自覚がないということです。


それどころか、間違いを正してあげている、あなたのためを思ってやってあげている、なんて思ってすらいる。


あなたのためは、往々にして、あなたのためでないことの方が多い。というか、そもそも、そういう姿勢で相手と向き合っていること自体が、相手を追い詰めていることに気がつかないといけないと思います。


ただ、先ほども書いたとおり、本人、いいことをやっていると思っているので、なかなかそこに気がつくことができないんですよね……。

怒った子供の写真


特に、日本のように同調圧力が日常茶飯事になっていると、なおさら……。


でも、もし、私の、このひとりごとの記事が目に止まったのなら、考えてみて欲しいんです。


大事な人のためを思っての言動が、相手を追い詰めているかもしれないということを。そして、みんなと同じ正解なんてないということを。

誰にも気兼ねせず、自分の選択ができる世界に


それって、すごく難しいことだと思います。


だけど、例えば、私のようにガンになった時に、西洋医学以外の治療を、もっと言うなら、治療をしないという選択を誰にも気兼ねなくできる世界になったら、救われる人がたくさんいると思うんです。


自分自身で納得して、自分の命が終わる日を迎えるって、すごく幸せなことだと思うから。

アルファルとに描かれたニコちゃんマークの近くに白いスニーカーを履いて立つ足


私たちは、今、この世に生きているから、死に対して不安や恐怖を抱くけれど、でも死があるから生があるわけで、いつか終わるからこそ、人生って尊いものなんだと思うんですよね。


なんだか、哲学っぽくなってしまったけれど、どうせなら、幸せに生きて、幸せに死にたいと私は思うわけですよ。


だから、同調圧力がいつの日かなくなって、みんなが自由になれる日を今日も夢見て止みません。おわり。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!









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