ダウンドックから足を一歩前へ出す、その時、視線はどこを見てますか?


こんにちは。Pop Sick Life
セルフマニュアルサポーターaya.です。


ダウンドックっていうのは
ヨガのポーズのひとつです。



私はこのポーズが大嫌いでした。
理由は、めちゃくちゃキツいから。


でも今では大好きなポーズのひとつです。


とはいえ、今でも、ダウンドックは
楽なポーズではありません。


でも、ただのきついポーズから、
心地よさを感じられるポーズになった時に
自分の成長をめちゃくちゃ感じられたんですよね。


だから、私にとっては特別なポーズなんです。

太陽礼拝の中のダウンドック


ダウンドックは太陽礼拝の中に出てくるポーズです。


太陽礼拝っていうのは、

ポーズの流れが決まっていて、
呼吸に合わせてその流れを繰り返していくものです。


で、今回お話したいのは、
そのダウンドックから次の動作に移るときの話。


8から9に移る時


後ろの足を、手と手の間に持ってくるんですが、
これが、コツを掴むまでは結構難しい……。


レッスンをしている時も、大体、ここで
「うう……」っていう声や「ドスン!」って音が
したりします。


もちろん体の柔軟性なんかも関係してきますが、
足を置く場所、つまり、手と手の間を見ないで
足だけ持っていこうとしている
場合が多いんです。


実際、やってみるとわかりますけど、
足を置く場所を見ないと足は届きません。

目的の場所に意識を向ける


目線を向けるというのは、
意識を向けるという風にも言い換えられるかなと
思います。


意識を向けなければ、
目線を送ることはできませんからね。


それはつまり、何かをやろうとする時、
そこに意識を向けなければ、
うまくいかない
ってことだと思うんです。


今の私たちの生活は便利になって、
何かをしながら同時進行で別のことを
することができる
、そういう状況が増えました。


同時に二つのことができれば、
一見、効率的に見えるかもしれませんが、

私たちの体も脳も
そんなに器用にはできていないと思うんです。

同時進行=意識の分散


同時進行をするということは、
一つ一つにかけられる意識が
分散されてしまう
ということだと思います。


特に大切ではない単純作業なら
それでもいいかもしれませんが、

もっと大切なこと、例えば、「自分の人生」を
片手間で考えていたら、
うまくいくはずがない
と思うんです。



でも、多分、「自分の人生」に
全集中できている人は、そう多くはない
思います。

当たり前は、一つもない


きっとそれは、生きていることが
当たり前になっている
から。


今日と同じ明日が来ると
信じ切っているから
だと思います。


でもね、そうじゃないんです。


生きているのは当たり前じゃないし、
明日がくる保証もどこにもない。


だからもっと毎日を大事に生きてほしいんです。


それは、死を恐れたり、
明日が来ないかもしれないと
心配しながら過ごすのとは全然違って、

死や明日が来ないかもしれないことを
ただ、受け入れて生きるってことなんです。


そのために、まずは自分自身に
意識を向けてみてほしい
んです。


自分はどういう人で、何がしたくて、
何がしたくないのか。



それを全集中で考えてみてほしいんです。


そうすれば、世界の見え方が
ちょっとだけ変わって、周りのことは
そんなに気にならなくなる
と思います。

自分探究の人生


私は、ヨガ占星術にそれを教えてもらいました。


とはいえ、もちろん自分の全てを
知っているわけでは、ありません。


まだまだわからないことだらけで、研究途中です。

たくさんの本と哲学者の石膏像


きっと、私はこうやって死ぬまで
自分を探求していくんだろうと思います。
(ホロスコープにもそう書いてあるもんでw)


行きたいところに、まず、目線を向ける、
意識を向ける、是非、試してみてください。