やっぱり「頑張らない」で生きていこうと決めた話


こんにちは。
Pop Sick Life星読みサポーター
aya.です。


2022年が半分ちょっと終わって
思うこと……


「なんだよ、この激動の年は」


これに尽きます。


これまでの私の人生で一番の
激動の年は、やはり母が亡くなって
全てが一変した2014年なんですが……。


今年は、ちょっとそれに
次ぐぐらい激動。


あ、ガンが発覚した2018年も
激動だったな。


どんだけ激動するんだよ、
私の人生(笑)

変化したのは内側


まあ、2014年、2018年は
外側が大きく変化したので
わかりやすかったんですが、

今年の変化っていうのは、
もっぱら内側の変化。


だから多分私以外の人は、
私の変化に気づかないんじゃないかと
思います。


でも内側の変化に限れば
一番でかい変化だったかも
しれません。


とは言っても
内側の変化って私にしかわからない、
いわば感覚の話なので、

私の文章力でそれを、どれほど文字で
表現できるか怪しいところですが、

まあ、久しぶりに「書きたい」って
気持ちが湧き上がるほどの
変化だったので、

理解してもらえなかったとしても、
自分の成長記録みたいなものとして
残しておけばいいかなと思っています。


穏やかな毎日を望んでいたのに……


ここ数年は小さな変化はあれど、
体調もそこそこ落ち着いてるし、

メンタルも平穏で
いわゆる「凪」って感じでした。


「凪」なのは、すごくいいことで、
それは私も
望んでいたことなんだけれど、


人間とはおかしなもので、
待ち望んでいたものが、

手に入ってそれが
通常運転になってくると、

今度は
「本当にこれでいいのだろうか」と
漠然とした不安が
襲ってくるんですよね。


嫌なことはやめると決めたのに……


母と祖母が亡くなった時、
さらには自分がガンと
わかった時に、あれほど

「嫌なことをするのは、
もうやめよう」と
誓ったというのに、

気づくと
「しなければならない」で
自分を縛っている自分がいたんですよ……。


「しなければならない」の威力は
凄まじくて、発動したが最後、

好きなことをやっているはずなのに、
どんどん苦しくなってくるんですよ。


でもね、好きなことってのが罠で
「好きなことをやっているんだから、
苦しいはずがない」って

今度は「苦しい」という事実を
否定し始めるんですよね(汗)


で、これ、全部、自分の内側で
起こっていることですから、

自分で自分の首をぎゅうぎゅうに
締めているわけです。


でもそれに気づいてないという……。


どんだけ……。


体は正直


それが去年から
今年の初めにかけての流れかな。


体というのは正直なもので、
見事に体調を崩しました。


そこまできて、やっと

「おやおや、ちょっとこれは変だぞ」

と、気づいて(遅)
自分のやっていることを再度見直して、

好きなことには違いないけど
「しなければならない」に
なっていることを一旦辞めてみたわけです。


でね、そうすると今度は
一気に罪悪感が
押し寄せてくるんですよ。


「しなければならない」ことを
していると、苦しいんだけど、

苦しいからこそ「やっている感」を
感じられるんですよね。


別の言い方をすると、

「我慢して頑張って、私、偉い!」

って感じられるの。


でもね、これって
母が生きている頃の私に
逆戻りしているんですよね。


我慢は心を枯渇させる


嫌なことやって我慢していると
どうなるかというと

自分の心が
どんどん枯渇していくんですよ。


そうなるとどうなるかっていうと
余裕がなくなってバランスが
取れなくなっていく。


そうすると、自分の持っている性質を
使いこなせなくなる。


私の場合は、「正しさ」に
縛られてしまう。


頭では

「正しさ」なんて主観的なもので、
そんなものを物差しにして
物事を見たって無意味だ

ってわかっているのに、
何でもかんでもジャッジするのを
辞められない。


ジャッジしたところで
現実は何も変わらないから、
無駄にエネルギーを浪費するだけ。


そうやって自分で自分の
心の枯渇化を促進させるという、

意味のわからなことをやり続けて、
ここ数ヶ月は本当に苦しかった……。


いっちょん、わかってなかったわ


これまで、本を読んだり
セミナーを受けたりして
色々学んできたことを、

わかったつもりでいたけれど、
本当の意味で理解して
なかったんだなあということを

嫌というほど
思い知らされましたね……。


いやはやキツかった。


でもホント、不思議なもので、
ちょうど誕生日の日を境に

明らかに、この負のループから
抜け出した感覚があって

それと同時に、
「肚に落ちた」感じがしたんです。


やっぱり私は、頑張っちゃ
ダメなんだわって。

誤解がないように言っておくと、
努力しないでいいって意味じゃ
ないですよ?


「頑張っている」感覚がある状態で
努力してしまうと
必ず枯渇しちゃうんです。


あくまで、私の場合はね。

いかに努力を努力じゃなくするか


例えば、私は脱ステを始めて
丸6年が過ぎたけれど、

ここまで続けてこられたのは
「頑張って」ステロイドを
辞めているわけじゃないから。


以前、頑張って
脱ステしようとした時は
一日ももたなかったのに。


体のことを学んで、
薬のことを学んで、

「そっか、じゃあ、
ステロイド塗ってたら

なりたい私になれないから、
や〜めた!」

みたいなノリ。


もちろん、
辛くないわけじゃないですけど、
頑張ってはないんですよ。


矛盾しているようだけど、
本当にそうなんです。


だから、
私がやらなければいけないのは、

自分がなりたい方向に進むために、
いかに楽しく行動できるかって
いうこと。


当たり前だけど行動しなかったら、
前には進まないからね(笑)


今は、そこを模索中。


まだ、「正しさ」に
少し引っ張られることはあるけど
あともう一息な気がする。


たぶん(おい)。


これまで頭だけで
わかったつもりになっていたことの
答え合わせが今、

次々に行われている感じで、
大変だけど、なかなか面白い、

そんな日々を過ごしている
今日この頃です。