【北風と太陽】旅人(ガン)には太陽のように接したい
どーも、こんにちは!アトピーで乳がんだけど元気にヨガインストラクターしているaya.です!
「北風と太陽」というお話をご存知ですか?北風と太陽が、どちらが先に旅人のコートを脱がすことができるか競い合う話です。
北風は、無理やりコートを脱がせようと、冷たい強風をこれでもかと旅人に浴びせます。すると旅人はコートを脱がされまいと必死に抵抗します。そこで北風はさらに強い風を吹き付け、旅人はさらに抵抗する……
一方、太陽はポカポカと暖かい日差しを浴びせます。すると旅人は安心して、自分からコートを脱いでしまいます。
見事、太陽が勝利を収めるわけですが、私は自分のガンのことを考える時、いつもこの話を思い出すんです。
もくじ
二元論で物事を見がちな現代
子供の頃、観ていた戦隊モノのように、悪者がいて、それをヒーロが退治するという図式は、単純明快でわかりやすい。
だけど、現実はそんなに単純ではなく、実際は善悪をはっきり分けられることの方が少ないように感じます。(とは言え、敵が一方的に悪いわけじゃなく複雑な背景が描かれているものもあります。人間が環境破壊をしたせいで怪獣が暴れ出してしまったとか、実は正義だと思っていたものが悪の根源だったりとか。その辺意識して観てみると、大人が見ても結構見応えがあります)
これなんか、すごく考えさせられます。
メトロン星人の言葉もだけど、それ以上に最後の「我々人類は今、宇宙人に狙われる程、お互いを信頼してはいませんから」というナレーションが、ちょっとゾゾゾっとします。
善と悪というものは、どういう立場から見るかによって簡単にひっくり返ってしまうものです。つまり万国共通の確固たる善も悪も存在しないということ。
もっと言えば、人の数だけ善悪は存在するんだと思います。
自分が善と(または悪と)信じているものは、他の人にとっては悪に(または善に)なり得るという事を理解できているかどうかは、生きていく上で大きなポイントになると私は思っています。
二元論に囚われていると、戦い続ける人生が待っている
自分の中の善悪の基準でしか物事を見られないと、周りは敵だらけになります。
敵とは自分に危害を与える存在ですから、排除しなければいけない。つまり、常に戦い続けなければいけないという事です。
実は私自身も三十数年間、そんな風に生きてきました。でも、自分の基準から外れているものに対して非難をし続けることは、疲れるし、何より全然楽しくない。
34歳での母の死を皮切りに、怒涛のようにいろんな出来事が起こり、いろんな人たちと出会いました。
その中で、今までの生き方に疑問を感じるようになり、38歳で乳がんステージ4の宣告を受けた時に私の中のスイッチがスコーンと切り替わりました。
戦い続ける人生なんてもったいない!
善だとか悪だとか、そんなことにこだわるなんて時間の無駄!だってその基準は私以外の人には当てはまらないんだから。
戦ってお互い消耗しあっても、何も生まれない。それなら共存する道を探した方がいいじゃん!
ガンは一見すると、人類の敵のように見えるけれど、そもそもガンは自分の細胞が変異したもの。いわば、自分の分身。
私の今までの生きてきた過程が、ガン細胞を作り出したのだから、違う見方をすればガンは被害者なのかもしれない。
ガンも私も見方を変えると、被害者にも加害者にもなりうる、そんな気がするんです。
だったら戦って排除する以外にも道はあるんじゃない?そんな風に思ったんです。もちろんこれは、私が、私のガンに対して抱いている感情なので、あくまで私の場合の話です。
針生検のために、しこりを針で刺した時、初めてそれまで感じたことのないような痛みを感じました。
まるで脈打つようにズキズキと2日間ほど痛んだ後、つるっとして他の肌と同じ色をしていたしこりが、赤黒く変色して3つに分裂していました。
検査をしないわけにはいかなかったので、どうしようもなかったんだけど、針生検をしていたことで、おとなしかったガンをびっくりさせてしまったのかなと思って、なんとなく申し訳ないような気持ちになりました。
耐えられないくらい痛んだのは、後にも先にもその時だけで、それ以降ちょいちょい痛むことはあるものの、大きさも順調に小さくなってくれています。
私が信じていればそれでいい
こんな話をすると、「気のせいでしょ」とか「そんなんで治りゃ苦労しないよ」なんて声が聞こえてきそうですが、別にそれでもいいんです。
その人にとっては「そんなんで治るわけない」が善なんですから。
でも、私はガンと戦わない方が楽しいし前向きに生きていけると思っているので、どうせならそっちを選びたいんですよね。
北風のように不安を与えてガンと戦うより、太陽のようにガンに安心を与えて共存したい。私はそう思っています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。